夜と針

最近読んだ本、漫画、アートについて感想をつづります。

夜はともだち

 『夜はともだち』   井戸ぎほう

 

 一番初めにこの漫画持ってくるのは、ちょっと勇気がいるけど、感想を書いてブログで記録しておきたい、と思うきっかけとなったお話です。

私は昔から混乱すると、文章化して気持ちを明らかにして理解したいという欲求があります。この漫画は、その意味において、私をものすごく混乱させ、お話の世界に引きずりこんでくれました。 

 内容は、BLで、SMというかなりきわどい作品です。まずカラーが独特で不安を増幅するような色使い、絵柄はちょっと手塚治虫が入ってるような、それでいて古さを感じさせないタッチで、男の人の体のラインとかドキッとさせられます。

 何度か読み返して気づかされたのが、これは松本大洋の『鉄コン筋クリート』のオマージュなんじゃないかということ。主人公のひとり、飛田の下の名前が白ではっとしたけど、本音しか言わない白はシロと、もう一人の主人公真澄は暴力という点でクロとつながっています。

  飛田君のことが好きなのに、その気持ちを飛田君本人にへし折られつづけるそのせつなさ!飛田君が真澄の無意識下の暴力をひきずりだした、その怖さがこの作品の最大の魅力かもしれません。

 

 Sの仮面をかぶる真澄がMの飛田君をいたぶるのが表面の構造ですが、真澄の恋情を無自覚にふみにじる飛田君という二重構造になっているのが、このお話の秀逸な点です。プレイ中に飛田君はそれをやってしまって、真澄は衝動的に飛田君の頭を床に打ち付けます。これは明らかにプレイとは一線を画した直接的な暴力で、注目すべきは飛田君が、真澄の無意識下から衝動的な暴力を引きずりだした点です。

 やさしいはずの真澄から引きずりだされた暴力を、真澄自身は直視できません。好きな人にふるってしまった暴力は真澄の魂を損ない、汚すものだからです。

 

 後半、ゆるやかに壊れた真澄は、飛田君を監禁します。心で繋げないなら、物理的にといったところでしょうか。監禁中、壊れた真澄の静かなやさしさは、このあとふるわれる暴力とあいまってせつないほど。精神が壊れてはじめて真澄は本音をはなします。

 暴力という、引きずりだしてはいけないものを引き出した飛田君ですが、本音をいえない生き方をしてきた真澄から初めて恋の本音も引き出しました。

 

 一方、他人と合わせず、本音でしか生きてこなかった飛田君も、最初から一貫して示され続けた真澄のやさしさがじわりと効いてきます。これ以上の暴力、否定される恋情から飛田君との関係を真澄は断ち切りました。そこではじめて、飛田君はプレイメイトとしての真澄ではなく、真澄自身に恋したことを悟って逢いに行くのですが、ここがまた泣かせる展開で鮮やかとしかいいようがありません。

 趣味も性癖も違うけれど、飛田君は相手に合わせることで相手が喜ぶことを知ったし、真澄は気持ちが通じ合ったおかげで、自分の恋心を否定されないので、暴力のスイッチも入りません。SMは、SがMを殺すのが究極の愛なのかと考えてみたけれど、それだと残されたSは報われない。

生きているのを幸せと定義するなら、自分の気持ちをすこし殺しても、相手の喜ぶことをしてあげるのが、自分の幸せとなる、そんな結末、素晴らしすぎました。