夜と針

最近読んだ本、漫画、アートについて感想をつづります。

傘を持て

 傘を持て        たうみまゆ

 

 可愛い絵柄とは裏腹に、しっかりヤクザ物です。高校の同級生で、ヤクザの組長の息子として育った城田、優等生の畑中の二人がヤクザの世界を舞台にして、気持ちを確かめ合って駆け落ちするお話です。

 と書いてしまうと三行で終わってしまうのですが、これが味わい深くて面白くていい余韻の残るお話でした。この作家さん、他のお話も読みましたが、どれもおもしろい。作家さんにもよりますが、この作品は面白いけど、他は合わない、という場合もあってこの作家さんは、波長が合うのかどれ読んでもおもしろいと感じました。

 

 この作品の肝となるのが、二人の性格の対比です。ヤクザの息子の城田は、フツーの

人です。ヤクザの息子なのに!このあまりにフツーの城田が極道やらなきゃならない悲哀がたまらないというか・・・。自分の器じゃない役柄を無理やり演じさせられてる感が、上手くでてます。

 駆け落ち先のフランスで、パン屋さんで働いてると、ちょこっとラストに出るのですが、ものすごくはまってる感が・・・。城田というキャラは工場とかで、黙々と働く中産階級がすごく似合うのに、面白いのは作者がヤクザで駆け落ちというアイデアを実行したいがため舞台を用意したのに、キャラにあわず、作者、登場人物に振り回されてる様がいい意味で面白くもあり哀しくもありました。

 

 なんだろう、ちょっと変な感想ではありますが、作者が駆け落ちをさせたいためなのか、城田と畑中というキャラが作者に謀反を起こしているみたいな感じなんです。

 

 一方優等生の畑中は、このヤクザという舞台を嬉々として渡っていきます。ヤクザの息子に生まれついた城田はフツーのちょっとすねたにいちやん、ぐらいなのに対してたぶん普通の家庭に生まれた優等生の畑中は、悪魔の才能を持つ男でした。ぶっちゃけいうなら、悪魔のスパダリですな。ヤクザの才能がない城田を守るために、ばっちり経営を最高学府で学んで城田を立てて守る!このスパダリ加減がもはや作者さんをも振り回している、というか、へんな話、作者さんをも上から見ている感じがする・・・。

 

 なにが切ないって、この悪魔のスパダリ畑中が、フツメンの城田にすべてを捧げてしまっているところでしょうか。

 顔がいいとか、頭がいいとかそんな理由が何一つないところが恋のおそろしさ。一つ挙げるとすれば、高校時代雨のなか、声をあげてもわからないところで泣いていた城田を畑中は目撃した、それは畑中の魂の印画紙に焼き付いて、生涯はなれることはない。それが恋。代わりもきかないし、理由もいらない。

 スパダリ物のおもしろさって、ふつう、もしくは劣る主人公を自分の置き換えて、スパダリが尽くしてくれていい気分になる、というものだと思います。

 でもどうにも感じる城田の居心地の悪さというのは、畑中にこちらの世界に来てほしくない、という願いからきています。それはやっぱり城田も畑中のことが好きだからなんでしょう。高校時代、ヤクザの息子という運命を呪って、絶望的な孤独感のなかにいた城田に、

  「いざとなったら逃げようか。」

といってくれた畑中の言葉は、城田の心のお守りになりました。

そして駆け落ちしたあと、畑中が敬語を使いつつも二人が高校時代の関係に戻っていることが面白かったです。まるで、ヤクザという舞台を降りてやれやれとでもいうみたいに・・・(笑。)