夜と針

最近読んだ本、漫画、アートについて感想をつづります。

俺と彼氏の恋の果て

 俺と彼氏の恋の果て       ナナメグリ

 

 「俺と上司の恋の話」シリーズの最終巻の感想です。

 このシリーズ、王道ではあるのだけれど、最終巻がかなり良くていい意味で心に引っ掛かりました。ゲイの上司と、ノンケの部下がくっついてもだもだするお話、といってしまえばそれまでなんですが。

 部下の高梨が単身赴任で、上司で恋人のちかさんと離ればなれになって、単身赴任先で受け持った部下がシングルマザー。自身も母子家庭で育った高梨はその境遇に共感し、子供と仲良くなります。この話の上手いところは、女性じゃなくて鍵に子供を持ってきたことかと。

 

 一方高校卒業以来、顔を合わせてなかった両親にちかさんは、あってカミングアウトし、二人の血を繋いでいけないことに深く落ち込み、救いを求めて高梨に会いに行きます。そこで見たものは、高梨と手をつなぐ子供と、シングルマザーの部下。まさしく家族の構図でした。

もちろん浮気を疑っているわけではありませんが、高梨の不用意な一言

 

 「あんな子供なら俺もほしかったな。」  

 

その言葉にちかさんは心をえぐられます。高梨、アホだな!ゲイであるちかさんなら、こんな言葉、口が裂けても吐かないでしょう。ゲイであることで苦しんできたちかさんは自分に子孫が残せないことを嫌というほど知ってるからです。ここでゲイのちかさんと、女性も愛せる高梨の溝がはっきりちかさんには見えてしまう・・・。

 そしていつも相手の幸せしか考えないちかさんは、今ここで自分が手を離したら、高梨は普通に家庭持って、幸せになるだろうと高梨に、俺から離れていってもいいと、別れを切り出しました。当然そんな言葉に納得がいかない高梨は、ちかさんに

 

  「ぜったい会いにいくから、待ってて」

 

 約束した日に、部下が倒れて病院送りになってしまい、二人分の仕事も背負った高梨はちかさんとの約束を破ってしまうという・・・。

 もちろん人命第一だからいけなかったのは仕方のないことですが、その代償は二人にとって、とてつもなく大きいものでした。

 約束の時間に現れず、 「ごめん、いけない。」 のメールを見たちかさんはそれが高梨の選択なんだと絶望します。ここでガラケーの電源落として、スマホに買い替えるちかさんの気持ち、ものすごくわかるわ・・・。食事もろくにとらず、仕事にのめり込んで、無理やり笑うちかさんが切ない!なんとか乗り越えようと部屋も引っ越し、そこで高梨からもらったイルカのぬいぐるみも、本意ではなかったにせよ、おいてきます。

 

 あのイルカのぬいぐるみって、ちかさんの恋心そのものだよなあ。だから心をおいてきたちかさんは心と身体がばらばらで見た目からはわかりませんが、壊れてる。

 

 一方高梨も、倒れた部下の仕事も抱えたためちかさんに会いにいくこともできず、連絡しても返事は一切返ってこない・・・。秋になりようやくちかさんの家を尋ねましたが、そこに彼はもういませんでした。仕方なかったとはいえ、高梨!よくもちかさんを苦しめたな!お前ももっと苦しむがよい。

 でも高梨、意外にタフでぶれない。ある意味高梨が人間として成長するのはちかさんのためなんだよね。年明け、本社に戻った高梨はちかさんと再会しますが、ちかさんのこころは凍ったまま。抱きしめられても意味がわからないし、誤解がとけてもうまく高梨と接することができません。

 

 そりゃそうだ、ちかさんは一度高梨に対しての恋心が死んでしまっている。あれは誤解でした、失ったと思ったものが実は失ってませんでしたといわれても・・・。

 人の心って、そう簡単でも器用でもない。誤解が解けたから二人が感動的に抱き合ってハッピーになんてなれない。この漫画で私が秀逸だと思って心打たれたのは、まさしくこの部分なんです。二人はまた一緒に暮らし始めるんだけど、そう簡単にいくわけもない。高梨が一緒に眠ろうと誘っても、暗い目で硬い床のリビングで一人眠るというちかさんがすごく好き・・・。心が死んでしまったちかさんが、いくら高梨に身体だけ抱きしめられても心はないのでよけい虚しいだけ、それがわかってるので一緒に眠るのも無理っていう・・・。

 

 高梨にとっての罰って、離れていた日々より、側にいて大好きな人をものすごく傷つけたことを毎日実感する、この日常なんではないかなあ・・・。

 

 こんなふうに心が死んでしまっているちかさんですが、高梨に寄り添ってもらって水族館のイルカのショーをみたとき、再び心が息を吹き返し始めます。少しずつ心が再生していくさまを、高梨がものすごく愛おしそうに大事にする日々。

 

 子供がいるかいないかじゃなくて、仕事してご飯食べて眠る、そんな日々の積み重ねをこの先だれとすごしたいか、それが恋の果ての答えなんだと高梨にいわれて、ようやく心を取り戻すちかさん。 

 

 この部分は色々考えさせられるなあ・・・。つづく日常を、好きな人と過ごすもよし、一人も良し、動物と暮らすのも又良し。王道の漫画ではあるけれども、いいお話でした。