夜と針

最近読んだ本、漫画、アートについて感想をつづります。

Dear,クレイジーモンスター

Dear,クレイジーモンスター       motteke

 

  私がこの本の感想を書きたいと思ったのは、面白いけどどうにも引っ掛かりが残ってそれが何なのか、文章化することで読み解きたいと思ったから。

 この作品を読む前に、mottekeさんの最新作、「かわいくない兄貴を喘がす方法」が一話無料で出ていて、ひどいタイトルとアオリだなと思いつつ、読んだらこれが面白くて、ページ数が少ないわりに高いな、と迷った挙句、買って読みました。結果・・・、面白い!しかも内容がしっかりしていて短いのに話の完成度が高い!のに驚いてこの作者さんの他の作品探して読んだのがこちらの「Dear,クレイジーモンスター」。 

 

 この作品、「かわいくない~」に比べて完成度は低いと思うのだけれど、もちろんすごく面白かった!でもそれだけじゃなくて、妙に心に違和感が残って、それが何なのかを考えてみました。

 内容は、弟が兄への暴走兄弟ラブ、といったところなんだけれども、かわいくてポップで明るいタッチ。なのに、やることが色々エグイ。そのギャップが癖になる。

 

 父親は一切出てこず、母親は男の所へ入り浸りで、家族というものは破綻しているけれど、親の違う兄、雪だけが弟の隼人を身近で面倒をみてくれて、愛してくれます。しかしある時を境に雪兄は隼人から距離をとるように・・・。その理由がわからない隼人は、雪兄をおいかけて同じ高校へ進みました。このあたりから隼人の暴走愛が始まっていくわけです。

 隼人の中には、父親は出てこないし、母親も眼中にありません。欲しいのは兄としての雪だけ。この段階では兄弟愛を欲しています。雪兄だけが自分を愛してくれた唯一の家族と思っています。母親は身近にいませんが、隼人が幼い時、ある事を教えました。「本当に欲しい人がいたら、手に入れるためには手段をえらんじゃだめよ。」

 

 純粋な隼人はそれをまっすぐ信じます。兄の部屋に無断で入り、携帯を盗み見て、それをわざわざ元あった兄の部屋ではなく、寝たふりしている自分の枕元におきます。これ、雪に自分のことを警戒してね、これから容赦しないで追い詰めるからという無言のメッセージだと思うんだけれど、雪はそれに気づきません。

 ここから隼人の暴走ぶりがスゴい。雪を凌辱、監禁、雪のセフレを脅して関係を切らせる、人のうちに無断侵入、盗聴、盗撮、雪のセフレに暴行など、おいこら、隼人、すごすぎるだろ・・・。何がこわいって、隼人が自分のやってることに微塵も罪悪感を感じてない!

 他人から見た隼人は、新入生代表を務めるほど、頭脳明晰で、イケメンで社交的で明るいのに、こういうことを躊躇なくやってしまうこわさ。それが幼いころにかけられた母親の言葉のせいだとしてもです。

 素直で明るくて純粋で、お兄ちゃん大好きな弟キャラを突きつめた、この人物造形はとても成功しています。一方、弟で純粋 = 子供 でもあるわけで、相手の気持ちを全く考えません。このへんも私がこの作品に感じた違和感の正体。

 

 ふつう好きなら、相手の気持ちを考えると思うのだけれど隼人は子供なのでそれを一切考えない。雪にむりやりなことをしておいて、逃げ出した雪にラインで 照れてるの? とか書いて送っている。この辺の自分の欲望ばかりが先行していくあたり、愛じゃなくて恋の欲の醜さ、すさまじさを上手く描いてるなあ、と思います。

  

 一方、追いかけられる雪も、魅力的に描かれています。幼いころから守って愛してきた弟に、欲情して恋愛感情を持ってしまった雪は自覚したときから、必死で隼人から距離をとろうとします。こんな自分を知られたくないという保身もあるけど、大事な弟を汚い自分の欲望で汚したくないという、愛があります。

 セフレとセックスしたあと、いつも鎮痛剤が手放せないのは、性欲と気持ちの齟齬が体に不調をもたらすのでしょう。隼人を大事におもうため、弟として接するものの、恋愛対象としてみているため、ある意味隼人を理想化してみてしまい、弟としての隼人に気づきません。

 隼人は兄を手に入れるため手段をほんとうに選ばないので、自分すらも、雪兄に欲情するように自分をカスタムします。二人は結ばれ、雪兄は隼人に自分を恋愛対象としてみてもらうことで、気持ちが成就するのですが、隼人は弟としての自分に気づいてもらえないせいで、満たされません。隼人が雪兄にふりむいてもらうため、雪に合わせているようにも見えます。

こう書いていると、ひどいことしてる隼人がもはや不憫に思えてくる不思議。

 

 雪はほんとうに魔性だなあ。隼人への欲望を忘れるためとはいえ、多くの人間と関係を持つし、大事な友人でセフレでもある田村にも愛されているのに、好きなのは隼人だけ。自分を追いかけさせることで、ノンケの弟に兄を、恋愛対象として求めさせることに成功するスゴイ人。

 mottekeさんの話が面白いのは、ストーリーがしっかり詰まっているからだと思ってたけれど、こういう人物造形がすごくしっかりしているからでもあるんだな・・・。

 

 最終話で、隼人が陰で何をしていたかに気づいた雪は、再び隼人と距離をおこうとしますが、ここでの隼人の壊れっぷりがものすごくかわいい。兄が求める恋人としての自分をかなぐりすてて、うわーん!て泣いてでてきたのはお兄ちゃん、いかないで~!という小さい子供のようなわがままな自分。雪はそんな姿を見せられたことで、兄弟愛を欲しがるさびしがりやの弟としての隼人にやっと気づきます。

 

 思ってたより、バカだった・・・。隼人が社交的で、ひとりでも自分よりうまく生きていける、そうおもって理想化していた隼人の形が崩れます。こうして、ほうっておけないバカでかわいい弟のすがたを見つけたことで、雪は兄としての自分も取り戻します。

 

 恋愛だけだといつか冷めてしまうかもしれないし、男同士だと繋ぎ止めるものがないので(子供とか)そこを強固にしたいために兄弟愛をプラスしている。

 愛にもいろんな形があって、兄弟愛、性欲も含めた恋、相手のことを思いやる愛、さまざまな角度から愛という名の怪物を描いている作品でした。

 

 やっぱり、この作品への違和感の正体は、恋愛の形をとりつつも、兄弟愛を描いた作品だったからじゃないのかな。